火曜日, 2月 13, 2007

風夕暮


カゼをひいた。
忙しくてちょっと追い込まれると、すぐこれだ。
日頃の不摂生か、パソコン仕事の運動不足か 、精神力のもんだいか。
まあ、いずれにしろ、とりあえず寝ろ、ということ。

カゼ俺定番メニュー。
コンビニでプリンとアロエヨーグルト、ポカリ、そして高めの苦いリポD2本。
ぜったい薬は飲まねー。

帰りがけ、ふらふらと駐車場まで歩く。
黒い山の陰から上へ、えんじ、水色、青、濃紺のグラデーション。
すっと、流れ星みたいに、消えそうな飛行機雲が走っている。


手持ちのカメラのシャッターを、いちどだけ切る。

いいじゃん。
カゼの風のような浮遊感もあって。

月曜日, 2月 12, 2007

雪月花


一雨ごとのあたたかさ。
例年より一足もふたあしも早く、春がやってくる。

この郡上にも。
もうしばらくで、フキノトウが芽吹き野草やアマゴが躍動する。
山は新緑が眩しく、朝晩の霧もまた素敵だ。
畑の作付けが始まり、畝々に種が蒔かれる。

楽しい春。

待ちわびていたはすが、どうも今年は寂しい。
身を切るような、ひりつく冷気と、街灯の光さえ遮る雪に出会えぬまま過ぎ去る冬に。
どうも寂しい。

土曜日, 2月 10, 2007

境界面


今年は暖冬で、さっぱり雪は積もらない。
生活はラクだけど、自然体験旅行の雪遊びにはつらいとこ。

それはさておき、疲れは積もる。
積もりつもって、だんだん自分の器を超えそうなとき。
いらいらしてさ、視野がずどんと狭くなって、自分勝手で、おる。
人間だから、あたりまえだけどさ。

自分が自分でいられる、理性、から溢れる境界面。

身の程がよくわかる。
それもいいかなと思う。

金曜日, 2月 09, 2007

車輪眼



illustratorでチラシ原稿を書きまくっているこの日々。
ふと気づくと、ある能力が僕の目(ドライアイ)に宿っていた。

ミリ単位でものの位置がわかる。
定規とか使わずに、
これとこいつが平行だとか。
これとこいつとあいつが等間隔だとか。

ひとめ見ただけでわかる。

しまいには、なんかチカチカと見えないものまでみえてくる。

僕がこの授り物について話したツレは、こう言った。
「全くうらやましくないのは、なんでやろ。」

目、いたいしね。

共謀罪

会話だけで罪になる法案、国会審議中。
また日本をだめにしようとしてるひとがいる。

知らない方は、自由法曹団のHPで紹介してます。

であう


ここんとこ、ずっとMacと向かいっぱなし。

Macは好きだけど。
いやそんなことじゃなく。

仕事が忙しいのは、いいことだけど。
魂詰めて、脳神経をフル稼働して紙面に情報を殴りこんでいる。
ミリ単位の空間を制御しながら、B3、6枚。


ずーとそうしてると、
なにか自分のなかに、自分の限界か壁か、を感じる。
トランスめいた浮遊感と、
広い器の端に立ったようなカンジ。

ふと、岐阜のORGANというかっこいいフリーペーパーの編集長、蒲さんのブログを読んだ。
なんかどきっとした。
ひとに会いにいかなければ、と思った。

水曜日, 2月 07, 2007

牛乳豆腐の歌

街のアンタは知ってるかい?
牛乳豆腐

ダチの牛屋のセガレが持ってきた
初めて食った Ah

牛乳豆腐

あたかも豆腐みたいなその Loveイデタチ
白くて固めのアイツだから
バリバリ研いだ包丁 グッとしねーと切れやしない
牛乳豆腐

淡白質の Love固まりじゃん
チーズのような 豆腐のような
味噌汁でも グラタンでも
いけるトコまでイッてやれ
牛乳豆腐

ららら ぎゅうにゅうどうふ

オレとオマエと村おこし

ららら ぎゅうにゅうどうふ

いけるトコまでイッてやる

らららら…

火曜日, 2月 06, 2007

めくるめく春の気配


郡上発田舎情報誌『里山の袋』。
その春号の取材を敢行した。

異常気象の気配を漂わせる、今年。
春一番を匂わせる風が、明宝気良地区の谷を吹き抜ける。

今回のイベントは、素晴らしくさわやかな谷すじの棚田で、土起し。
冬のあいだ眠った土を、鍬を振るってかき混ぜて。
畝をつくり、種を蒔くときを待つ。
そんな作業。

土の中からは、まだ冬眠中のミミズやカタツムリが掘り出される。
「まだねむてーよ」
と、丸まったまま、はなはだ迷惑そう。

一仕事終わったら、畦でランチ。
各自持ち寄った、お惣菜が所狭しと並んでいく。
火を起し、スープをあっためる。
おにぎり、根菜煮物、麹とご飯でマスを漬けた寝寿司、白菜の漬け物、ロール白菜豆乳スープ、などなどなど。

食後のいれたて、苦めのコーヒーに口をつけながら、
最高の午後のひとときだった。

月曜日, 2月 05, 2007

Webのチカラ


FlashAjaxを使ったハイテクホームページが次々に生まれている。
パソコンのアプリケーションと差がないサイトはいくらでもある。

ActionScriptのマスター、Bascle Incのサイトでは、
プレステか?と、思わせるくらの高度なFlashゲームが紹介されている。

またご存知、Googleローカルマップは、Ajaxの代表選手。
世界中の地図と、その土地の情報が最新のカーナビ並に見れる。


Webテクノロジーは、情報集積の為にどんどん肥大化してゆく。
この世の"情報"と名のつくものは全て集積し、パソコン1台で24時間アクセス可能な日は近い。


でも、そこに感動があるのだろうか。
いくらハイテクだとしても、Webは「情報収集の場」から一歩も踏み出せないのではないか。
そこにアートは成り立つのか。

moonShow
Ajaxを使って、写真をスライドショーで見せる、バツグンにセンスのいいサイト。
しかし、そこで何十分も、そのスライドに見とれるだろうか。


僕らは映画を観て涙を流し、
本を読んで人生の教訓を得、
絵画や写真を前に、自分の知らない世界へ飛び込んでゆく。
それがアートのチカラ。

世界に何十億とあるホームページに、
実現してく可能性は、あるのだろうか。

金曜日, 2月 02, 2007

ハングリー

髑髏の旗低所得者
僕は明らかにそのカテゴリーの所属だ。

親にたくさんお金を払わせて、私立高校で学び、学習塾に通い、大学まで卒業し、まんまと社会福祉士なんかとっちゃって。

卒業後、僕の輝ける進路は、フリーター

固定給も有給も、雇用保険も厚生年金もない。
あるのはPower Bookと、借りた小さな畑と、心ん中のドクロの旗だけ。

親にはなかなか理解してもらえないけど、
実は、とても幸せだ。

金はないけど、いい仲間と、おいしい水と野菜と魚。
澄んだ空気と、豊かな川と、連なる山々。
そしてプラネタリウムばりの夜空。


これ以上のものはない。
金がないことがハングリーを掻き立てるなら、それでいい。
でもそれ以上に、
この里の美しさが、僕のクリエイティブを支えている。

木曜日, 2月 01, 2007

川は誰のものか

川を変えよう
僕が働いている自然体験学校では、毎年夏に川遊びで沢山の都会に住む子ども達を受け入れている。

清流、吉田川
ご存知の方も多いと思うが、この国に残された数少ない、子どもが遊ぶ文化が生きている川。
そして人の生活と密接に繋がっている川だ。
そしてとても美しい川。

でも僕らが大勢の子ども達をこの川で遊ばせるから、地元の子らがのんびり遊べる場所を奪っているときがある。
川はみんなの場所だから、どっちが悪い、ということではない。
でもやっぱり、ここに暮らし、この川を愛する子らに、好きに遊んで欲しい。


では、なぜ僕らは大勢の子ども達を連れて来るのか。
彼らの地元の川で遊べないから。

僕は子どものころ、「釣りキチ三平」を読みながら、
「あーいいなー、いつかこんなふうになりたい」
と、いつも思っていた。
川に潜って魚を獲ったり、泳いだり、ヤマメイワナや鮎を釣ってみたり。
当時、僕が住んでいた近くの川も、多くが三面張りでザリガニしかいないようなドブ臭い川ばかりだった。

川を奪ったのは誰か、川を汚したのは誰か。

僕らだ。
僕たち大人が、毎日の生活で、
水源地の森林を放棄し、谷にゴミ処分場をつくり、電気の為のダムをつくり、
排水を流し、土地利用の為に小川をつぶし三面張りにし、川岸にフェンスを張った。


これからひとつづつ、取り戻さなければならないものがある。

水曜日, 1月 31, 2007

解禁前夜

なんだこりゃ明日は郡上の渓流釣り解禁の日。
ドキドキする。

解禁日は漁協が放流したアマゴ狙い。
奴らはアホな養殖魚だから天然と違い、流れて来るエサにすぐパクつく。
結果、僕らはそいつらを巡って他の釣人と戦うハメになるのだ。

どれだけいい場所を獲れるかが勝負の分かれ目。
自然との対話ならぬ、
「ココ、あいてます?」
なんて笑顔を武器に、釣れてる人の良心に訴える、電車の席とりみたなネゴシエーションが川岸で繰り広げられる。

三平くんが見たら、
「こんなの釣りでねえ!」
とでも言うだろうか。

最近は光る目印「ケミホタル」を使って深夜から釣り始める輩まで出るしまつ。


でも僕は行く。
明日は2時半起床、3時出発。
ケミホタルを装備した仕掛けを持ってね!

火曜日, 1月 30, 2007

Windows Vista

ウインドウズビスタが発売された。
プレミアム デジタルライフ、「写真・ビデオ」「デジタルエンターテインメント」「音楽・映像」「コミュニケーション」「使いやすさと信頼性」を追求するという。


MacOSより5年は遅れた技術。
MacOSに到底追いつけそうもないデザイン。

ああ、愛しき人々よ。
マックにしとこう。
I love Macintosh マジで。

月曜日, 1月 29, 2007

天才


生まれつき備わっている、きわめてすぐれた才能。また、その持ち主。goo国語辞典

クラシックのベートーベン
物理学のアインシュタイン湯川秀樹
絵画の世界では、ピカソゴッホたち。

僕は思う。
天才とは、人間としてきわめて大きな欠陥があることではないか?

彼らは絵の具を買うか、それとも今日のパンを買うかの選択を迫られたとき、迷わず画材を選んでしまう愚かな人間。
生き物として、最も大事な「食」さえ放り捨ててしまう。
それは夢のために頑張るとか、人に認めて欲しいとか、大切なひとと一緒にいたいとか。
そんなことじゃない。

絵を描きたいえをかきたいエヲカキタイ。
そのどうしよもない衝動に駆られて、それしかなくて。

もし叶うなら、普通の人として生きたかっただろう。
ゴッホは狂人と言われて死んでいった。
誰にも認められないままに。


自分の絵だけが、自分の存在そのもの。
彼らの残したものには、魂がうつっている。

Dr.コトー


DVD『Dr.コトー診療所2004』今見た。
涙にじみ、速攻iTunesで『銀の龍の背に乗って』ダウンロードして
聴きつつ。

ワケわかんないけど。
僕らは自分勝手な忙しい毎日。
慌ただしく、巡る間しく変化してゆく狭い世界。
自分だけの殻に閉じこもった、狭い世界。

「オマエが必要なんじゃ!」。
ドラマ終盤の台詞。


ホントは変わらないもの、靴裏の、地面からつづいて広がっている、繋がっているもの。
それが一番大事だって、明日には忘れるけど。
変わらないコトが、大事だって思えるようになりたい。

日曜日, 1月 28, 2007

こころうごくとき


子どもだけの自然体験旅行、冒険キッズでスタッフとして働いたこの2日間。
雪原でソリ遊びにカマクラづくり、雪合戦をして遊んだ。

暖冬に悩まされる今年。
雪がたくさんあると、木の枝や溝を埋めて、ふかふかの雪はクッションにもなる。でも、雪が減ると子ども達の安全管理にも気を使う。
それに、例年は3メートル近くの雪の上で遊ぶから、ホントはこんなもんじゃないのに、って思ったりする。

今日は久々に雪が降ってきた。
『上みれば虫っコ、中みればわたっコ、下みればゆきっコ』。
釣りキチ三平』の三平が、街から来た大学生に、秋田の里山で雪が降りはじめた空をみてかけた言葉。
同じ雪でも大きさや近さによって、感じが変わる。


感じは自分自身のもの。
そのときの、こころ模様を映し出す。
雪は何も言わないし、誰にも同じように降り積もる。
そして、限りなくシンプルで美しい。

だから、自分の中にあるものが映って、こころ動かされるのかもしれない。
そんなものを、いつか表現したいと思った。

金曜日, 1月 26, 2007

全裸の意味

最近裸になってますか?
日本人は全裸で産まれてきて、服着て死んでゆく。

僕らは外では絶対に服を着て歩く。
昔、僕の学生時代。
深夜に全裸で闊歩するサークルがあった。(もちろん人に迷惑かけずに!)

とある夜のサークルの集い。
始めは何にも知らされてなかった僕は、ある晩突然服を脱ぎだす諸先輩方におののいた。
当然そんなことをした事がない僕は、断固拒否。

結局ムリヤリ脱がされて、キャンパスを疾走する彼らの後を追うハメに。

そして気づく。
全身を夜風が覆うカンジ。
爽快を通り越した、快感。


僕らは日々感覚を殺して生きている。
皮膚の8割を覆隠して、人ごみに感覚すら閉じ込めて(田舎はそんなことないけど)。
自分が思う以上に、信じられないくらい。

原点に返る。
あたりまえだけど、僕らは忘れてしまうから。


注:公前で裸をさらして楽しむ事とは関係ありません。

木曜日, 1月 25, 2007

everybody has a dream マジで

バンプの新曲、涙のふるさと
でも僕の胸に響くのは、2曲目、真っ赤な空を見ただろうか の8分と10秒後に流れる隠しトラック。

 ♪食べたいな世界中の めずらしい たべもの
 むしゃり むしゃ もぐり もぐ
 きっと きっと
 おいしいん だから

 中略

 everybody(everybody) everybody has a dream マジで
 everybody(everybody) everybody has a dream 今も  マジで


相変わらず意味不明、だけどドキドキする。
大好きです。

僕にも密かな夢、野望がある。
デザインで世界を変えること。

戦争がなくなること。
おいしいごはんを食べれること。
子ども達が毎日野山で走れること。

意味不明だけど。 マジで。

水曜日, 1月 24, 2007

ただ今"エスクァイア日本版デジタル写真賞'06-'07"に投稿中

萱場振一郎のギャラリー

グーグルアースの衝撃

遅ればせながら、昨夜はじめてgoogle Eathを使ってみた。
衝撃、世界中の衛星写真が駐車場に止まった車を数えれるくらいの精度で見れる(しかも3D!)

残念ならが、我が郡上八幡は衛星写真が古い為か、ややピンぼけだけど。
自分家の屋根がネットに公開される時代になったんだなー、と思った。
お隣さんの畑に何が植わってるかもわかってしまうし、そのうちマトリックスみたいにアタマの後ろにコネクターが付く日も近いのでは。

もうすぐ人類は世界の情報を全て手に入れるだろう、って大勢の人が思ったにちがいない。

でも、google eathには全然映らない。
ホントに大事なコト。

畑のカタチや野菜の植えかたじゃない。
大事なのはソコじゃない。

どんな土か?
砂が多いのか、それとも石ばかりなのか。
肥料が多いのか、少ないのか。
農薬は使っているのか、使わないのか。
風が強いのか、弱いのか、雨が多いのか、少ないのか、むし暑いのか、はだ寒いのか、
今日は晴天なのか、薄曇りなのか、むしろ小雨が降っているのか。

ソコを耕す人はいるのか、いないのか、経験があるのか、ないのか、カワイイねーちゃんなのか?胸が大きいのか、足がきれいなのか、それともばあちゃんなのか。

畑を耕す人は、土を愛しているのか。


ハイテクってすげー。
僕の仕事もハイテクがあるから(Macがあるから)、成り立っている。
それは魅力的だし、なんかキラキラしてる。

でも、それ以上に人間ってすげー。

あたりまえだけど、
畑の野菜がうまいか、まずいかは、耕す人次第。

そこがピンぼけしそうな今日この頃です。