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月曜日, 3月 19, 2007

里山|黒のアーカイブス ar.5


「乗性寺:正門の鐘」
郡上にはお寺が多い。
僕はお寺が好きだ。

僕は南無阿弥陀仏だけど、信じることは別としても、お寺はすごくうつくしいと思う。

最高水準の日本建築。
梁は太く、黒い。
力強くしなやかに、大きな屋根が広がる。
瓦は印がはいって、年月と共にひとつひとつ重厚な色がある。
木壁の装飾は菊や蓮など、こまやかに彫ってあったりする。


京都、東本願寺の大門に、その工芸に見とれて夜中立ち尽くした。
本当に見事な彫刻。
職人の、そして人々の想いが、刻まれている。

月曜日, 3月 12, 2007

里山|黒のアーカイブス ar.3


大和の山奥、亀尾島川上流。
黒のアーカイブス3枚目、『内ヶ谷|満月の木々』。

釣りに夢中になって、いつしか暮れ行く谷。
街灯も民家もない、ほんとの山奥。
闇が迫るのもわからなかった。

夕暮れのあと、星より先に月の光が空を満たしていた。
空と森が異様に明るくて、無事車まで歩いて帰れた日。

日曜日, 3月 11, 2007

里山|黒のアーカイブス ar.2


『明宝気良|名残雪』

春先、突然の雪。
畦の草や、植木の葉に、うっすら積もってすぐ消えた。


すこし前まで連日、5月か、ってくらいの気温だったのに。
気圧配置が西高東低冬型に変わったらしい。

でも、本当にもう名残り雪だろう。

過ぎ行くものは、いつだって美しく見える。
ここは、気良唯一の喫茶店「珈琲館」の窓からの里景色。
いつも深く暖かいコーヒー。
いつもよりもっと、そう感じた。

金曜日, 3月 09, 2007

里山|黒のアーカイブス ar.1


とうとう、何やら僕なりに決心。
"里山フォトグラファー"を自負して1年。
「素人が、なに生意気ゆうとるんや」
自分の声が聞こえる。

でも、写さなければ何も伝わらない。
写したものを公開しなければ、意味が無い。
ということで、このブログで、この郡上の写真を見ていただこうと思う。



僕は黒が好きだ。
前にこのブログで書いたが、黒は闇。
それは五感を澄ませ、自分の心を見えやすくしてくれる。

ほとんどが黒く塗りつぶされた写真。
わずかに見える焦点。
「ってゆうか、なにが写っとるんや?」
そう言われるくらい、でもギリギリな感じ。
そこに想像力の羽を伸ばせる余地が、あるから。

"黒のアーカイブス"
第1庫「美並|梅開示」。

こんな自分勝手な写真に、興味がある方はおつきあいください。

木曜日, 3月 08, 2007

フォトコン2

雪降る気良の写真
今夜は-2℃。突然寒い郡上です。

月曜日, 3月 05, 2007

畑始動。


今日、スコールのような土砂降り。
車から社屋へのほんの数秒で、服の色が変わるくらい。
「こんな時期にこんな雨なんて」
なんて話しも飛び交うが、一雨ごとの暖かさ。
しばらくぶりの、まとまった雨に大気が浄化されるような気もする。
巷で流行のインフルエンザや風邪ウイルスも、これで少しはおとなしくなるかなあ。


おとつい畑のコト始め。
土壌改良を願って、6畳くらいの小さい僕の畑に、ゴミ袋5つ分の腐葉土を入れ、生ゴミを混ぜて耕す。
こないだ山奥の道路脇から持ってきた腐葉土。

郡上には、あまり使われていない道路がたくさんある。
山越えや堰堤に通じる道で、ぐにゃぐにゃと延びて街灯ひとつないから日が暮れると真っ暗。
そこは山肌を縫って走っているから、道路と斜面の間に落ち葉が積もり、腐葉土と化してたまっていたりする。ちょうど地面がコンクリなので、畑には余計な石や草がほとんどないのだ。

僕は釣りに夢中になって、日暮れ頃に作業へ取りかかった。

次第に辺りは暗闇に染まる。
月もなく、聞こえるのは山鳥かなにかの鳴き声だけだ。
そのまったく人気のない山道で、スコップ片手にゴミ袋を担いだ男。
無精髭だらけの横顔、メガネが光っている。
何かを、掘っている。

そんな火曜サスペンスばりの努力が実って、今年は元気な野菜がたくさんできますように。

水曜日, 2月 28, 2007


「自らを灯明とし、法を灯明とせよ」
今日友達から教わった言葉。
釈尊の死に際の教え。


僕らの周りはギラギラしている。
大音量のTVCM、原色だらけのチラシ、ビルの大きな看板、電気屋でずっと流れる、歌。
「アナタヲシアワセニシマス、私たちは、あなたを幸せにします。」
だから買って下さい。

僕らはいつも強い光に引き寄せられる。
勝ち組、負け組。
成功、失敗。
金持ち、貧乏。
きれい、きたない。

大事なことは、すべて目の前にあるのに。
資本主義の先導に耳まで漬かって、もうすぐ何も聞こえない。


暗闇に行こう。
自身の灯り、こころがはっきり見えるように、大事なことが聞こえるように。

昼過ぎ、郡上、大和の山中”内ヶ谷”へ向かった。
八幡から車で30分程度だけど、誰もいない、川の音しか聞こえない谷。
エメラルドグリーンの水面に何度も竿をふりながら、思う。
「もう少しあったかくなったら、キャンプに来よ」

たまには自分を照らす、闇に出会いに。

土曜日, 2月 24, 2007

でも、だけど



中村文昭氏の講演へ行った。
素晴らしい話しだった。

話しの中で、中村氏が大事にしている、4つのコトをことさら言っていた。
1、素直な心と0.2秒以内の返事
2、頼まれ事は、試され事
3、できない理由を言うな
4、今できることを探してまでやれ
たった、4つのことだと言っていた。

これだけだと意味がわからないかもしれないし、僕受け取りなので、氏が伝えたいこととは違うかもしれないけど、簡単に説明させてもらう。

1は、素直な心でなければ、人は簡単に他人の言葉をシャットアウトしてしまう。どんなに相手が意味のあることを言っても、聞く姿勢がなければ無駄。そして、すぐ返事を返すことで、相手に自分の聞く姿勢を伝えることができる。
2、人から頼まれるということは、その人に試されているということ。
3、人は難題(自分が思うだけ)に当たると、すぐにできない理由を並べて、なにもしないうちからあきらめてしまう。
4、今できることを、今からしろ。

いいかげんに聞いたので、大分語弊があるし、氏はもっと面白く実体験を交えて話されたので、僕が書いても伝わるか分からないけど、一応こんな内容だったと思う。

その中で僕が一番引っかかったのは、2の「できない理由を言うな」だった。
以前書いたが、心底街の生活にうんざりして、「ホントの生活」を求めこの田舎に来た。
田舎で学んで、それを基準に新しい日本社会をつくりたいと考えていた。
「たくさんの日本の問題を変えていきたい」って、熱い想いが胸の奥にいつもグツグツしてた。
今も想いは確かだと思っている。

郡上に来て3年、いつしか僕の中のマグマに似た想いは、冷えて固まっていた。
社会に出て、働いて、僕もようやくまともな大人になりつつあるが、
オトナのダメな部分も、知らず知らずのうちに刷り込まれていった。

すぐ人は言う。
「そうだけど、でもさ現実がさ、こういう問題があるからさあ、」
でもやっぱりね、こうだとまずいからなあ、」

新しいことなんか、大変じゃん。
変えていくのは、危ないさ。


「でも、だけど」
本気で社会を変えたいなら、自分を変えたいなら、
そんなくだらない台詞は、もういらない。

僕の奥から、熱いものが再び動き出す音がする。

水曜日, 2月 21, 2007

兆し


僕のツレが、ガタガタに舗装された道を見て、
「これは地方切り捨て、東京依存の地方政策の終わりやな。その兆しや。」
と話していた。

ようするに、水道管かなにかの埋め立てのあと、道路をきれいに舗装する金が出ず、ガタガタ道のままになっている状況は、これから地方交付金などの東京からの支援がなくなっていくだろう、という話し。

僕らは未来を予知することなんてできない。
でも、変化を予測することができる。

「何事にも兆しがある」
とツレは言う。
その通りだ。
でも、兆しは微かで、僕らは簡単に見落としてしまう。


地球温暖化、環境汚染、農村の崩壊、地方の衰退。
私利私欲を願って生きていたありかたに、もう日本が許容できない。
変わっていく世の中だから、正しい方向へ変えていきたい。

見逃してはいけない。
未来を変えていく為に。

火曜日, 2月 20, 2007

願い


たったひとりの為に想いをとげること。
同じものが好きなひとは10万人はいること。
100万回願えば、願いは叶うということ。

SWITCH
の前の編集長、新井さんの言葉。(今はCoyote編集長)

はじめは小さなタブロイド紙だった、SWITCHをつづけている時に新井さんが信じた言葉らしい。
僕が、信じる言葉のひとつ。

雑誌を継続するのは、並大抵のことではない。
「ホントにこれは、ひとに受け入れられるのか?おもしろいのか?  …もしかして、だれも興味はないんじゃないか?意味が、ないんじゃないか。」
どんなに伝えたいと思っても、自信は揺らぐ。

表現するってことは、裸の自分を公衆にさらすことだ。


今僕は、郡上の田舎情報誌、里山の袋の春号、巻頭ページを書いている。
たったひとりの為に、想いを遂げなければ誰にも伝わらない。
たったひとりの為に、それはラブレターみたいに、とても難しい。

火曜日, 2月 13, 2007

風夕暮


カゼをひいた。
忙しくてちょっと追い込まれると、すぐこれだ。
日頃の不摂生か、パソコン仕事の運動不足か 、精神力のもんだいか。
まあ、いずれにしろ、とりあえず寝ろ、ということ。

カゼ俺定番メニュー。
コンビニでプリンとアロエヨーグルト、ポカリ、そして高めの苦いリポD2本。
ぜったい薬は飲まねー。

帰りがけ、ふらふらと駐車場まで歩く。
黒い山の陰から上へ、えんじ、水色、青、濃紺のグラデーション。
すっと、流れ星みたいに、消えそうな飛行機雲が走っている。


手持ちのカメラのシャッターを、いちどだけ切る。

いいじゃん。
カゼの風のような浮遊感もあって。

月曜日, 2月 12, 2007

雪月花


一雨ごとのあたたかさ。
例年より一足もふたあしも早く、春がやってくる。

この郡上にも。
もうしばらくで、フキノトウが芽吹き野草やアマゴが躍動する。
山は新緑が眩しく、朝晩の霧もまた素敵だ。
畑の作付けが始まり、畝々に種が蒔かれる。

楽しい春。

待ちわびていたはすが、どうも今年は寂しい。
身を切るような、ひりつく冷気と、街灯の光さえ遮る雪に出会えぬまま過ぎ去る冬に。
どうも寂しい。

水曜日, 2月 07, 2007

牛乳豆腐の歌

街のアンタは知ってるかい?
牛乳豆腐

ダチの牛屋のセガレが持ってきた
初めて食った Ah

牛乳豆腐

あたかも豆腐みたいなその Loveイデタチ
白くて固めのアイツだから
バリバリ研いだ包丁 グッとしねーと切れやしない
牛乳豆腐

淡白質の Love固まりじゃん
チーズのような 豆腐のような
味噌汁でも グラタンでも
いけるトコまでイッてやれ
牛乳豆腐

ららら ぎゅうにゅうどうふ

オレとオマエと村おこし

ららら ぎゅうにゅうどうふ

いけるトコまでイッてやる

らららら…

火曜日, 2月 06, 2007

めくるめく春の気配


郡上発田舎情報誌『里山の袋』。
その春号の取材を敢行した。

異常気象の気配を漂わせる、今年。
春一番を匂わせる風が、明宝気良地区の谷を吹き抜ける。

今回のイベントは、素晴らしくさわやかな谷すじの棚田で、土起し。
冬のあいだ眠った土を、鍬を振るってかき混ぜて。
畝をつくり、種を蒔くときを待つ。
そんな作業。

土の中からは、まだ冬眠中のミミズやカタツムリが掘り出される。
「まだねむてーよ」
と、丸まったまま、はなはだ迷惑そう。

一仕事終わったら、畦でランチ。
各自持ち寄った、お惣菜が所狭しと並んでいく。
火を起し、スープをあっためる。
おにぎり、根菜煮物、麹とご飯でマスを漬けた寝寿司、白菜の漬け物、ロール白菜豆乳スープ、などなどなど。

食後のいれたて、苦めのコーヒーに口をつけながら、
最高の午後のひとときだった。

木曜日, 2月 01, 2007

川は誰のものか

川を変えよう
僕が働いている自然体験学校では、毎年夏に川遊びで沢山の都会に住む子ども達を受け入れている。

清流、吉田川
ご存知の方も多いと思うが、この国に残された数少ない、子どもが遊ぶ文化が生きている川。
そして人の生活と密接に繋がっている川だ。
そしてとても美しい川。

でも僕らが大勢の子ども達をこの川で遊ばせるから、地元の子らがのんびり遊べる場所を奪っているときがある。
川はみんなの場所だから、どっちが悪い、ということではない。
でもやっぱり、ここに暮らし、この川を愛する子らに、好きに遊んで欲しい。


では、なぜ僕らは大勢の子ども達を連れて来るのか。
彼らの地元の川で遊べないから。

僕は子どものころ、「釣りキチ三平」を読みながら、
「あーいいなー、いつかこんなふうになりたい」
と、いつも思っていた。
川に潜って魚を獲ったり、泳いだり、ヤマメイワナや鮎を釣ってみたり。
当時、僕が住んでいた近くの川も、多くが三面張りでザリガニしかいないようなドブ臭い川ばかりだった。

川を奪ったのは誰か、川を汚したのは誰か。

僕らだ。
僕たち大人が、毎日の生活で、
水源地の森林を放棄し、谷にゴミ処分場をつくり、電気の為のダムをつくり、
排水を流し、土地利用の為に小川をつぶし三面張りにし、川岸にフェンスを張った。


これからひとつづつ、取り戻さなければならないものがある。

水曜日, 1月 31, 2007

解禁前夜

なんだこりゃ明日は郡上の渓流釣り解禁の日。
ドキドキする。

解禁日は漁協が放流したアマゴ狙い。
奴らはアホな養殖魚だから天然と違い、流れて来るエサにすぐパクつく。
結果、僕らはそいつらを巡って他の釣人と戦うハメになるのだ。

どれだけいい場所を獲れるかが勝負の分かれ目。
自然との対話ならぬ、
「ココ、あいてます?」
なんて笑顔を武器に、釣れてる人の良心に訴える、電車の席とりみたなネゴシエーションが川岸で繰り広げられる。

三平くんが見たら、
「こんなの釣りでねえ!」
とでも言うだろうか。

最近は光る目印「ケミホタル」を使って深夜から釣り始める輩まで出るしまつ。


でも僕は行く。
明日は2時半起床、3時出発。
ケミホタルを装備した仕掛けを持ってね!

月曜日, 1月 29, 2007

Dr.コトー


DVD『Dr.コトー診療所2004』今見た。
涙にじみ、速攻iTunesで『銀の龍の背に乗って』ダウンロードして
聴きつつ。

ワケわかんないけど。
僕らは自分勝手な忙しい毎日。
慌ただしく、巡る間しく変化してゆく狭い世界。
自分だけの殻に閉じこもった、狭い世界。

「オマエが必要なんじゃ!」。
ドラマ終盤の台詞。


ホントは変わらないもの、靴裏の、地面からつづいて広がっている、繋がっているもの。
それが一番大事だって、明日には忘れるけど。
変わらないコトが、大事だって思えるようになりたい。

日曜日, 1月 28, 2007

こころうごくとき


子どもだけの自然体験旅行、冒険キッズでスタッフとして働いたこの2日間。
雪原でソリ遊びにカマクラづくり、雪合戦をして遊んだ。

暖冬に悩まされる今年。
雪がたくさんあると、木の枝や溝を埋めて、ふかふかの雪はクッションにもなる。でも、雪が減ると子ども達の安全管理にも気を使う。
それに、例年は3メートル近くの雪の上で遊ぶから、ホントはこんなもんじゃないのに、って思ったりする。

今日は久々に雪が降ってきた。
『上みれば虫っコ、中みればわたっコ、下みればゆきっコ』。
釣りキチ三平』の三平が、街から来た大学生に、秋田の里山で雪が降りはじめた空をみてかけた言葉。
同じ雪でも大きさや近さによって、感じが変わる。


感じは自分自身のもの。
そのときの、こころ模様を映し出す。
雪は何も言わないし、誰にも同じように降り積もる。
そして、限りなくシンプルで美しい。

だから、自分の中にあるものが映って、こころ動かされるのかもしれない。
そんなものを、いつか表現したいと思った。

火曜日, 6月 27, 2006

ジャガイモ戦記

今年は借りた畑で頑張って野菜を育てようと思った。

そうエンゲル係数をさげるのだ。
まず堆肥を買うお金がないので発酵ポットを購入し、
生ゴミ堆肥化して使うことにした。

およそ1ヶ月でポットも満杯になるので、
その後半月ばかりフタをして発酵させる。

たまに様子見でフタを開けると『ツーン』
ああ、キムチのにおひ。
何故かキムチのにおひ。
本当はぬか漬けのようになるはずだが、
発酵促進剤を入れすぎて乳酸菌が強すぎるのだろうか。

そんな生ゴミキムチも畑に入れて土と混ぜれば、
あっという間(2週間くらい)で土に返る。
土ってすごい。


そんなキレイな思いでから2ヶ月後。
立派に育った我が愛しのジャガイモ達。
もう花が散って、あとはイモが太るのを待つばかり。

ところがある日。

葉っぱが穴だらけ穴だらけくしゃくしゃになって枯れているではないか!

葉っぱの裏には黄色くて毛のはえた『何か』が。
奴らの名はテントウムシダマシ。
薬は使わないので、
ひとつひとつ摘んで取る。
その数およそ50匹。

ふと視線を上げれば、となりの小松菜はモンシロチョウの養殖場と化してた。

『タネを買うより野菜買った方が安いじゃん!』
そうおもいながら丸々太った青虫を睨む。

畑ってムツカシイ。
でも、楽しい。

ナスの葉っぱに羽化したばかりの鮮やかなてんとう虫がせっせと歩き回っていた。
瑞々しい赤。
洗練された文様。
嬉しかった。

土曜日, 6月 10, 2006

里山の魅力とはなんぞや。

そんなこんなでデザインの仕事が始まった。

だんだんと仕事が多くなる。
チラシに、HP、地域情報紙など。

Illustratorをこねくり回して、
なんとか紙面を構築しては、やりなおし、
再構築でダメ出しがあり、
「根本的に違うんじゃない?」
なんて愛の鞭でブロークンマイハート。

だってシロウトなのだ。
デザインの『D』すら今まで考えたこともない。

考えた。
『里山の魅力とはなんぞや?』


風に吹かれて、
あぜ道をうろうろしたり、
クレイジークリークのtheCherに座ってずっと枯れ草を眺めたり、
エメラルドグリーンの川沿いを歩いたり、
森の中を徘徊したりした。

あったかい日差しにあたりながら、
堰堤のコンクリに寝そべったり、
苔をむしったり、

「あ〜 しあわせ。」

いや考えろ俺。

里山は、
『バラッと』していて、
『ゴチャっと』していて、

『ザラッと』して、
『グッチャリ』している!

なんだかよくわからない。
でも確実にそうだ。そう感じるんだ。

そして『生命力に溢れ』ている。

その姿は遠くからは良く解らないけど、
気持ちが、視線が得体の知れないそれに近づくけば近づくほど、

木の幹から葉っぱの先まで、
草の繊毛一本に至るまで。

そのすべてが。

僕の中にじわっと広がっている。
すごくあたたかくて、うれしいカンジ。


それが『魅力』だと思うのだけれど、
どうでしょうか?