えー
出会いは2000年桜咲く春のあの日。
それからもう、10年近くもたとうとしている。
林間学校という子どもたちの夏休みの自然体験のアルバイト。
その歓迎会で、
俺たちは出会った。
そのときお前が乗っていたレガシーの天井にあった釣り竿のラックを見て
「へー釣りするのか」
そう、精一杯の愛想笑いで声をかけたおれに
「べつに」
と無愛想に答えたお前。
きっと友達になれない
そう思った。
そんな俺らは、林間の先輩だった太田さん、あだ名を
「ざこば」。
いつしか、なぜか、俺らは、ざこばの下宿先に集うようになった。
いつもアルバイトで遅くまで帰ってこないざこば。
俺らは鍵のかかっていないヤツの下宿へ勝手に入り、
テレビを見て、飯を作って二人で食った。
そのとき何を話したのか、ひとつも憶えていないけど、
ヤツが帰ってくる時間に、二人で押し入れに隠れていたのは、今でも忘れない。
それから毎年の夏の林間学校を共に過ごし、
ラフティングのガイドの資格を取るトレーニングも一緒にした。
お前は学科に落ち、実技に受かったが、俺は学科で受かり、実技で落ちた。
でこぼこコンビ
そう呼ばれた。
冬には「冒険キッズ」という岐阜県の郡上でやっている子どもの自然体験旅行のインストラクターもした。
そこにお前が残ると思われていたのに、なぜか俺が今もそこにいる。
突然だけど、俺はお前を友達だと思っていない。
一緒に遊びに行くことも、共通の話題で大盛り上がりすることも、
共通の趣味もない。
でも俺らにはやりたいことがあって、なぜかそのときは、いつも一緒だった。
俺も去年結婚したけれど。
結婚するって心底大変なことだと思う。
育った環境や、見て来た風景、
もちろん性別も、まったく違う2人が一緒に暮らして行くなんて
とても乱暴な話だ。
うまくいかないかもしれない。
愛だとか信用だとかは、実は曖昧なものだ。
けれど、訳の分からん人間が集まって、繋がった林間の仲間がここにおる。
共に過ごした日々の中で、俺はお前を兄弟のように思えている。
お前は人見知りで、無口で不器用なやつだけど。
真面目で、人間の繋がりを大事にするやつだから。
ここにおるご両親をはじめ、たくさんの友達との繋がり。
そして「ひとみさん」との繋がりを、受け入れることができる。
そんな男だと思う。
何が、どんなことがあってもあきらめず、真面目に向き合え!!
今日の結婚式は、通過点にすぎない。
何よりも、何よりも大切な、日々の暮らし …
ほがらかに紡いで欲しい。
では改めて、新郎新婦にかんぱーい!
それキャンプだホイ!
金曜日, 12月 12, 2008
天に預ける
バガボンド29を読んで
「お前の生きる道は、天によって完璧に決まっていて、それ故に完璧に自由だ」
いつだったか、2、3年前の、ちょうど雪降る頃だったとおもう。
「天に預ける」
そんなことを紙に書いて部屋に貼っていたことを思い出した。
あれは何処にいったのかな。
すっかり忘れていた。
今と同じように、
日々の閉塞感、繰り返す毎日に疲れ、行き詰まりを感じていた。
自分が未来を選ばなければいけない。
選べるのか、選ばれるのか、実力や努力、才能。
これからどうすればいいのか。
そんな妄念妄想にしばられて、自分を拡張して、
自分だけのわけのわからない霧の中で悶々としていた。
天に決められている。
たとえ自分や世間がどんな状態であっても、
僕は僕の願いに因って、そこへ身を軽く歩けばいい。
伝えたいものがあれば、たった一人でも、誰かと分かち合えればいい。
お金になるかとか、多くの人に伝わるかとか、
結構大事だけど、目的地ではない。
そう思うと、光に包まれたような、
「祈りたくなる」。
きっとまた、すぐに忘れてしまうから。
また明日も念仏したい。
「お前の生きる道は、天によって完璧に決まっていて、それ故に完璧に自由だ」
いつだったか、2、3年前の、ちょうど雪降る頃だったとおもう。
「天に預ける」
そんなことを紙に書いて部屋に貼っていたことを思い出した。
あれは何処にいったのかな。
すっかり忘れていた。
今と同じように、
日々の閉塞感、繰り返す毎日に疲れ、行き詰まりを感じていた。
自分が未来を選ばなければいけない。
選べるのか、選ばれるのか、実力や努力、才能。
これからどうすればいいのか。
そんな妄念妄想にしばられて、自分を拡張して、
自分だけのわけのわからない霧の中で悶々としていた。
天に決められている。
たとえ自分や世間がどんな状態であっても、
僕は僕の願いに因って、そこへ身を軽く歩けばいい。
伝えたいものがあれば、たった一人でも、誰かと分かち合えればいい。
お金になるかとか、多くの人に伝わるかとか、
結構大事だけど、目的地ではない。
そう思うと、光に包まれたような、
「祈りたくなる」。
きっとまた、すぐに忘れてしまうから。
また明日も念仏したい。
月曜日, 12月 08, 2008
未来
どこから来て、どこへゆくのか。
どうも世間は不況らしい。
上場企業倒産数が最高記録を更新したらしい。
どうも来年は、もっと不況になるらしい。
仕事が減って、収入が減って、先行き不安になるらしい。
僕もそう思う。
僕は仏教徒だから、ちゃんと生きて、ちゃんと死にたい。
そんな願いは、世間の情勢に流されて、閉塞感漂う今日この頃。
人間だなあって、呆れるくらい。
Appleのスティーブさんが、
「今日が人生最後の日だとしたら、
私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」
毎朝そう鏡の前で自分に問い、しばらくがNO!が続くようだったら
「何かを変えないといけない時だ」
と自分に問うたという。
日々の充実とはなにか。
ごまかしたらいけない、ということではないか。
それでも僕は、ごまかし続けて毎日を生きているのではないだろうか。
もし会社が潰れたら、事業が失敗したら。
そんな不安が、僕を「現状維持」に邁進(まいしん)させて怠惰で甘美な「いつもの仕事」に従属させているのではないか。そう思うと気が狂いそうだ。
「新しい」何かをすることは、いつのまにか大きな壁を乗り越えなければできなくなった。
年齢を重ねたせいか、結婚したせいか、寒い季節のせいか、安定した生活があるせいか、
新しいことが、面倒になっていたのか。
自分自身の妄想で巻き付けた鎖を冷静に見つめたい。
大地に根ざせるか、人との関係を大切にできているか、自分の願いに忠実であるか。
変化を恐れる必要はない。
いつも行き先はひとつのはずだから。
どうも世間は不況らしい。
上場企業倒産数が最高記録を更新したらしい。
どうも来年は、もっと不況になるらしい。
仕事が減って、収入が減って、先行き不安になるらしい。
僕もそう思う。
僕は仏教徒だから、ちゃんと生きて、ちゃんと死にたい。
そんな願いは、世間の情勢に流されて、閉塞感漂う今日この頃。
人間だなあって、呆れるくらい。
Appleのスティーブさんが、
「今日が人生最後の日だとしたら、
私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」
毎朝そう鏡の前で自分に問い、しばらくがNO!が続くようだったら
「何かを変えないといけない時だ」
と自分に問うたという。
日々の充実とはなにか。
ごまかしたらいけない、ということではないか。
それでも僕は、ごまかし続けて毎日を生きているのではないだろうか。
もし会社が潰れたら、事業が失敗したら。
そんな不安が、僕を「現状維持」に邁進(まいしん)させて怠惰で甘美な「いつもの仕事」に従属させているのではないか。そう思うと気が狂いそうだ。
「新しい」何かをすることは、いつのまにか大きな壁を乗り越えなければできなくなった。
年齢を重ねたせいか、結婚したせいか、寒い季節のせいか、安定した生活があるせいか、
新しいことが、面倒になっていたのか。
自分自身の妄想で巻き付けた鎖を冷静に見つめたい。
大地に根ざせるか、人との関係を大切にできているか、自分の願いに忠実であるか。
変化を恐れる必要はない。
いつも行き先はひとつのはずだから。
金曜日, 11月 28, 2008
木曜日, 10月 30, 2008
虚数

Newton「虚数がよくわかる」を読んで、
a+b=10
a×b=40
この連立方程式の解は「解なし」。
普段僕らが使う「数」では存在できないものだからだ。
でも、その存在しない数を存在させようとした人がいた。
そして「虚数」という、「存在しない数」が明示され、「実数」という「認識」が生まれた。
人は「比較」してしか物事を判断できない。
「ユニクロより、パタゴニアのフリースがいい。」
どちらもハイテクだが、パタゴニアのフリースは圧倒的にいい。
僕もパタゴニアのR3を使ってが、着心地、保温性において、ユニクロとは比べ物にならない。
マイナス5,6度程度なら、Tシャツの上にR3、そしてアウターで動ける。
パジャマにしても気にならない快適さ。
蒸れるとか、拘束感とは無縁。
でも、その一着でユニクロフリースが25枚くらい買えるけど。
もし、R3が存在しなければ、ユニクロフリースが最高だろう。
「これより、こっちがいい」
いつも僕らは、そう判断して暮らしている。
けれど、「まったく新しい」何かを創りだそうとしているなら、
手に抱えている物差しは通用しなくなる。
みんなが指し示す判断とは離れてゆく。
「こんなことやっていて、いいのかな」
不安が疼く。
「0」の概念は、数学を飛躍的に発展させた。
0は、無という意味だけだ。
それは、無意味ではなかった。
何が意味があって、何が無意味かなんて、自分の思い込みの世界で判断し不安をかき立てることが、「虚」であるかもしれない。
火曜日, 7月 01, 2008
迷走
深夜のぐだぐだ。/
「この国はどこへいくんだろう?」
みんながそう思っている。
だけど、「この国を、こうしたい!」。
そう考えている人は少ない。
聖徳太子の時代から、明治維新の「神仏分離令」という法律ができるまで、日本の国教は仏教だった。
そして平成。宗教と聞くと、オウム問題や新興宗教問題のイメージが先行してしまう。
「あやしい」とか、「騙されるんじゃねえか」、「怖い」とか。
でも、「資本主義」という思想が、僕らを洗脳しようとしていることには、誰も疑問を抱かない。
駅前に星の数ほどある広告が、そうささやく。
気が狂いそうだ。
仏教には「生老病死」という教えがある。人は生まれたら必ず老い、病気になり、そして死ぬという苦しみがある。その苦をなんとかする為に、どうすれば良いかを釈尊(仏陀)は考え、悩み、思慮の果てに悟りを開かれた。
でも、それからウン千年たった今も、僕らは同じように悩み、苦しみを抱えて生きている。
僕は仏教徒。
南無阿弥陀仏(無数のいのち、ありがとう<簡略解説>)と口に出すことで、なんとか安心を保とうと、日々悶々としている。
生きることは、HOW TOではない。「お札を買えば、大丈夫」とか「お清めすれば、幸せになれる」なんてことは、嘘だ。
幸せに生きたい。
世界中の誰もがそう願う。
人として「ちゃんと生き」そして「ちゃんと死ぬ」。
その願いをもつ人間は、何を拠り所にしているのか。
資本主義を妄信する社会。
「この国を、(みんなが幸せになれるように)こうしたい!」
そう思える人がいるのだろうか。
「この国はどこへいくんだろう?」
みんながそう思っている。
だけど、「この国を、こうしたい!」。
そう考えている人は少ない。
聖徳太子の時代から、明治維新の「神仏分離令」という法律ができるまで、日本の国教は仏教だった。
そして平成。宗教と聞くと、オウム問題や新興宗教問題のイメージが先行してしまう。
「あやしい」とか、「騙されるんじゃねえか」、「怖い」とか。
でも、「資本主義」という思想が、僕らを洗脳しようとしていることには、誰も疑問を抱かない。
「結局金でしょ?」「物買って、幸せになろうよ!」
駅前に星の数ほどある広告が、そうささやく。
気が狂いそうだ。
仏教には「生老病死」という教えがある。人は生まれたら必ず老い、病気になり、そして死ぬという苦しみがある。その苦をなんとかする為に、どうすれば良いかを釈尊(仏陀)は考え、悩み、思慮の果てに悟りを開かれた。
でも、それからウン千年たった今も、僕らは同じように悩み、苦しみを抱えて生きている。
僕は仏教徒。
南無阿弥陀仏(無数のいのち、ありがとう<簡略解説>)と口に出すことで、なんとか安心を保とうと、日々悶々としている。
生きることは、HOW TOではない。「お札を買えば、大丈夫」とか「お清めすれば、幸せになれる」なんてことは、嘘だ。
幸せに生きたい。
世界中の誰もがそう願う。
人として「ちゃんと生き」そして「ちゃんと死ぬ」。
その願いをもつ人間は、何を拠り所にしているのか。
資本主義を妄信する社会。
「この国を、(みんなが幸せになれるように)こうしたい!」
そう思える人がいるのだろうか。
金曜日, 11月 30, 2007
結婚式

冴え渡る快晴のもと、結婚式をした。
大勢の人に助けて頂いて、見守られて。
場所は八幡町願蓮寺。
真宗に沿って生きてゆきたい、そう願う二人で決めた式場。
住職をはじめとし、わざわざ私たちの為に、忙しい中ご尽力くださったみなさん。
百度感謝の言葉を申しても、到底気が済まないから、これからの私たちの生活を通して、お礼をしてゆきたい。
結婚、二人、南無阿弥陀仏。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
式の様子を載せているブログをご紹介します。
山と川の学校校長みっしーの「明宝つれづれ日記」
結婚式
http://gazoo.com/G-BLOG/MEIHOH_MURA001/40307/Article.aspx
練り歩き
http://gazoo.com/G-BLOG/MEIHOH_MURA001/40320/Article.aspx
木曜日, 10月 04, 2007
UT GRAND PRIX
ユニクロのTシャツ専門サイトUT。
そこでTシャツコンテストが行われている。
デザイナーからの公募13,000点から1,000点に絞られた。
それから一般ユーザーの投票によって、100点が選ばれる。
私もデザイナーとして参加。
最終選考に選ばれると期待できない作品だけど、何か、人に伝えられるきっかけになる。
そう思っている。
私のTシャツは、鍬(くわ)。
メッセージは、「耕すのか、滅びるのか」。
日本の食料自給率は40%を切って減り続けている。
農薬や化学肥料を使わない、安全でおいしい野菜は一部の余裕のある人たち(または思いがあって行動している人たち)の口にしか入らない。
日本人は土から離れ、その手で食をつくることから遠のいた。
人間は自分が思う以上に、感覚的に生きている。
土から離れた街では、食べ物と自分との繋がり、いのちの繋がりを忘れてゆく。
スーパーに並んだ野菜の値段を見て、比較し、その価値を決める。
「こっちが安いし、ジャガイモより、トマトが食べたいな。」
トマトは夏野菜。
旬のジャガイモより、ムリして育てたトマトがおいしいわけない。
近所で穫れたやさいより、海外から頑張って運んだ野菜がおいしいわけない。
話しは飛ぶかもしれないけれど。
自然環境を守るってことは、そのバランスの中に生きるということ。
春は山野草を食べ、夏はナスやピーマン、キュウリを食べ、秋は小麦やジャガイモを食べ、冬に大根白菜を食べる。
遠くまで車に乗ってテーマパークに行くのではなく、近くの海や川で泳いだり、魚とったりする。夏の暑い日には木陰で涼み、川で泳ぐ。
冬の寒い日にはみんなで集まって鍋でもつつき、酒を呑む。
自然環境は、私たちのすべてと繋がっているから。
それは保護するもんでもない。
きっとエコロジーとかリサイクルでもない。
繋がりを断ってはいかんっちゅうこと。
それに気付くべく、鍬を持って土を歩こう。
そこでTシャツコンテストが行われている。
デザイナーからの公募13,000点から1,000点に絞られた。
それから一般ユーザーの投票によって、100点が選ばれる。
私もデザイナーとして参加。
最終選考に選ばれると期待できない作品だけど、何か、人に伝えられるきっかけになる。
そう思っている。
私のTシャツは、鍬(くわ)。
メッセージは、「耕すのか、滅びるのか」。
日本の食料自給率は40%を切って減り続けている。
農薬や化学肥料を使わない、安全でおいしい野菜は一部の余裕のある人たち(または思いがあって行動している人たち)の口にしか入らない。
日本人は土から離れ、その手で食をつくることから遠のいた。
人間は自分が思う以上に、感覚的に生きている。
土から離れた街では、食べ物と自分との繋がり、いのちの繋がりを忘れてゆく。
スーパーに並んだ野菜の値段を見て、比較し、その価値を決める。
「こっちが安いし、ジャガイモより、トマトが食べたいな。」
トマトは夏野菜。
旬のジャガイモより、ムリして育てたトマトがおいしいわけない。
近所で穫れたやさいより、海外から頑張って運んだ野菜がおいしいわけない。
話しは飛ぶかもしれないけれど。
自然環境を守るってことは、そのバランスの中に生きるということ。
春は山野草を食べ、夏はナスやピーマン、キュウリを食べ、秋は小麦やジャガイモを食べ、冬に大根白菜を食べる。
遠くまで車に乗ってテーマパークに行くのではなく、近くの海や川で泳いだり、魚とったりする。夏の暑い日には木陰で涼み、川で泳ぐ。
冬の寒い日にはみんなで集まって鍋でもつつき、酒を呑む。
自然環境は、私たちのすべてと繋がっているから。
それは保護するもんでもない。
きっとエコロジーとかリサイクルでもない。
繋がりを断ってはいかんっちゅうこと。
それに気付くべく、鍬を持って土を歩こう。
水曜日, 9月 12, 2007
鮎の里
ここ郡上には「イカリ」という、鮎の漁法がある。
1m前後の鉄の棒の先に漁船のイカリ型の針がついていて、それで魚を引っ掛ける。しかし、鮎はアマゴやヤマメより速く泳ぐ魚で。危険を察知した0.2秒後には、水中メガネの視界から消え去る俊足の体を持つ。
そんな魚をどうやって獲るかというと、夜。
ちょうど晴天。
漆黒の川原から空を見上げると、天の川までハッキリ見える満点の星空が谷間に渡っている。
左手に唯一の光源、防水懐中電灯。
右手にイカリ。
全身ウエットスーツに腰に魚入れをぶら下げて準備運動。
ゆっくり川に身を沈める。
じわじわウエットスーツを通して冷水が体に染みて来る。
鮎は夜中でも「瀬」と呼ばれる急流にデカイやつがいる。
サッと一度だけライトを照らす。
ギラっと4、5?
魚影が光る。
急流の泡蔵のなか、踏ん張って流されないように、ライトは極力差さず忍び寄る。
闇と光の中間で、ほんの微かに鮎の魚体を見て、動きを予測して6割運に任せてイカリを引く。
ビビっと右手に伝わる感覚。
1時間で天然郡上鮎が15、6。
いつも寝る前に瞼を閉じると、鮎の陰影が目に浮かぶ。
1m前後の鉄の棒の先に漁船のイカリ型の針がついていて、それで魚を引っ掛ける。しかし、鮎はアマゴやヤマメより速く泳ぐ魚で。危険を察知した0.2秒後には、水中メガネの視界から消え去る俊足の体を持つ。
そんな魚をどうやって獲るかというと、夜。
ちょうど晴天。
漆黒の川原から空を見上げると、天の川までハッキリ見える満点の星空が谷間に渡っている。
左手に唯一の光源、防水懐中電灯。
右手にイカリ。
全身ウエットスーツに腰に魚入れをぶら下げて準備運動。
ゆっくり川に身を沈める。
じわじわウエットスーツを通して冷水が体に染みて来る。
鮎は夜中でも「瀬」と呼ばれる急流にデカイやつがいる。
サッと一度だけライトを照らす。
ギラっと4、5?
魚影が光る。
急流の泡蔵のなか、踏ん張って流されないように、ライトは極力差さず忍び寄る。
闇と光の中間で、ほんの微かに鮎の魚体を見て、動きを予測して6割運に任せてイカリを引く。
ビビっと右手に伝わる感覚。
1時間で天然郡上鮎が15、6。
いつも寝る前に瞼を閉じると、鮎の陰影が目に浮かぶ。
水曜日, 6月 13, 2007
たまてばこ
釣りをしているときの時間の流れは速い。
とい言うよりも時間という概念がない。
思いきって3連休をとった先週末。
ずっと釣りに行こう、とことん釣りしよう、ってマジで決めていた初日は、雷雨。
それでも行ったけど、大雨で刻々と増水する水量(福島では釣人の車水没)。
さらに、どこかの著名人の結婚記者会見ごとき、断続的な閃光。
近代の釣竿はハイテクで、長く軽くねばりがあるカーボン(炭素繊維)素材だから、伝導効率が超よい。
だから、雷の日は釣り厳禁だ。
次の日も降り続く雨にいら立つ。
しかし最終日。
予報は曇り。
遠足前の小学生みたいにドキドキして、前の晩2時に寝たのに朝5時前には目がさめた。
耳を澄ます。
雨、やんでる。
速攻着替え、竿やビクやその他もろもろの機材はとっくに準備してある車に飛び込んで。
釣り場への道の途中でコンビニへ寄る。
こんな早朝だというのに、フィッシングベストを着たおいさん達(60代)が、朝のコンビニにウロウロしていた。
そっか、今日は鮎釣りの解禁日。
僕は渓流釣りしかできないけど(今の所)。
熱い缶コーヒーとチリドッグをレジに出しながら、おいさん達を横目で見る。
渓流釣りや鮎釣りをしない人にはちょっとわからないだろうけど、
おいさん達の、無表情に朝メシを選ぶ横顔にひしひしと伝わる『熱さ』。
なんて言ったらいいだろうか、このカンジ。
べつに熱く朝ご飯を選んでるわけじゃない。
渓流釣り(アマゴを狙う釣り)や鮎釣りには禁漁期間(釣ってはいけない期間)がある。
それが終わった日(解禁日)は、ずっと、何ヶ月も前から釣りてーつりてーって想いを馳せていた、その想いが果たせる日。
だから、おいさんたちの言葉や、行動や表情になくっても、なんかひしひしと伝わってくる。
それは目に見えることじゃない。
いい大人がさ、目を輝かせて、朝真っ暗なうちから起きて真剣に遊びにいく。
もしかしたら眠れなかったかもしれない。
ずっとこの日を楽しみにしてたんだ。
自分と同じように。
僕はそんな、釣りってもんが好きだ。
そんな人達が集まる、この川が好きだ。
そんな、この暁が好きだ。
霧で霞む釣り場について、竿を伸ばし、準備してあった仕掛けを結ぶ。
次にえさ取り。
アマゴは川の石の裏に住んでいる「川虫」がダントツ釣れるので、必ず、ほんとは前日なんかにその虫を獲っておかねばならない。
エサをつけ、仕掛けを振込み、何度か仕掛けを流したあとに、またエサを付け替えて振り込む(川虫はすぐ死んでしまい、死んだ虫を魚は食べない)。
何10回も、何100回も。
釣り場を点々と移動する。
ぽつり、ぽつりと魚が釣れる。
アマゴという魚はとても美しい魚体をしている。
とくに天然のアマゴは純銀に濃紺パーマーク(斑点)が、展示用のサファイヤより遥かに深い。
すこし経って、なんか腰がいてーなっと思う。
ぽっけにしまっていた携帯を出して、ついでにタバコを噛みながら時計を見る。
時刻は午後4時を過ぎていた。
そろそろ昼かなーって思ってた。
10時間近くも、飲まず食わず、休み無く。
釣りっていうもんは、時間の外にあるようだ。
とい言うよりも時間という概念がない。
思いきって3連休をとった先週末。
ずっと釣りに行こう、とことん釣りしよう、ってマジで決めていた初日は、雷雨。
それでも行ったけど、大雨で刻々と増水する水量(福島では釣人の車水没)。
さらに、どこかの著名人の結婚記者会見ごとき、断続的な閃光。
近代の釣竿はハイテクで、長く軽くねばりがあるカーボン(炭素繊維)素材だから、伝導効率が超よい。
だから、雷の日は釣り厳禁だ。
次の日も降り続く雨にいら立つ。
しかし最終日。
予報は曇り。
遠足前の小学生みたいにドキドキして、前の晩2時に寝たのに朝5時前には目がさめた。
耳を澄ます。
雨、やんでる。
速攻着替え、竿やビクやその他もろもろの機材はとっくに準備してある車に飛び込んで。
釣り場への道の途中でコンビニへ寄る。
こんな早朝だというのに、フィッシングベストを着たおいさん達(60代)が、朝のコンビニにウロウロしていた。
そっか、今日は鮎釣りの解禁日。
僕は渓流釣りしかできないけど(今の所)。
熱い缶コーヒーとチリドッグをレジに出しながら、おいさん達を横目で見る。
渓流釣りや鮎釣りをしない人にはちょっとわからないだろうけど、
おいさん達の、無表情に朝メシを選ぶ横顔にひしひしと伝わる『熱さ』。
なんて言ったらいいだろうか、このカンジ。
べつに熱く朝ご飯を選んでるわけじゃない。
渓流釣り(アマゴを狙う釣り)や鮎釣りには禁漁期間(釣ってはいけない期間)がある。
それが終わった日(解禁日)は、ずっと、何ヶ月も前から釣りてーつりてーって想いを馳せていた、その想いが果たせる日。
だから、おいさんたちの言葉や、行動や表情になくっても、なんかひしひしと伝わってくる。
それは目に見えることじゃない。
いい大人がさ、目を輝かせて、朝真っ暗なうちから起きて真剣に遊びにいく。
もしかしたら眠れなかったかもしれない。
ずっとこの日を楽しみにしてたんだ。
自分と同じように。
僕はそんな、釣りってもんが好きだ。
そんな人達が集まる、この川が好きだ。
そんな、この暁が好きだ。
霧で霞む釣り場について、竿を伸ばし、準備してあった仕掛けを結ぶ。
次にえさ取り。
アマゴは川の石の裏に住んでいる「川虫」がダントツ釣れるので、必ず、ほんとは前日なんかにその虫を獲っておかねばならない。
エサをつけ、仕掛けを振込み、何度か仕掛けを流したあとに、またエサを付け替えて振り込む(川虫はすぐ死んでしまい、死んだ虫を魚は食べない)。
何10回も、何100回も。
釣り場を点々と移動する。
ぽつり、ぽつりと魚が釣れる。
アマゴという魚はとても美しい魚体をしている。
とくに天然のアマゴは純銀に濃紺パーマーク(斑点)が、展示用のサファイヤより遥かに深い。
すこし経って、なんか腰がいてーなっと思う。
ぽっけにしまっていた携帯を出して、ついでにタバコを噛みながら時計を見る。
時刻は午後4時を過ぎていた。
そろそろ昼かなーって思ってた。
10時間近くも、飲まず食わず、休み無く。
釣りっていうもんは、時間の外にあるようだ。
土曜日, 6月 02, 2007
月曜日, 5月 14, 2007
ことば

『狩人と犬、最後の旅』という映画。
友だちにススメられてDVDで観た。
すごくよかった。
ストーリーは、夜の雪のようにしんしんと続く。
舞台はロッキー山脈。
太平洋上の小舟のように、雄大な自然の中でポツンと生きる猟師の話し。
真冬マイナス40℃の世界へ、犬ゾリに乗って猟や漁にでる暮らしの息づかいが、リアルに聞こえてくる作品だった。
恋愛やサスペンス、友情物語とか正義とか。
一切なくて、「きっと売れないよね、この映画」そう思われる、いい映画。
ウツクシイシゼン。
夜空を覆うオーロラとか、真っ白な地平線に沈む夕日はきれいだけど。
そのなかで髭は凍ってるし、視界ゼロの吹雪で死にかけるし、湖の氷が割れて落ちるし。
主役のおっさんは、いつも厳しさに吹かれていた。
おっさんの台詞は、人と話すより(犬ゾリの)犬との会話のほうが、まったく多かった。
山小屋(手づくりログハウス)で二人暮らしの奥さん(ネイティブアメリカン)。
登場するたび台詞は「いってらっしゃい」と「気をつけて」。
だからこそ、なにか、が伝わってくる(気がする)。
僕らは伝え合うことが大事だ、言葉にすることで救われている。
けれど、ウサギやカリブーだって、木や草だって、伝え合っている(気がする)。
足音から、匂いから、目元から、息づかいから、そこにおるってことから。
だからいつもみたいに、そんなにたくさんの言葉は、必要ないのかもしれない。
水曜日, 4月 25, 2007
水曜日, 4月 18, 2007
世界

絶え間のない日々。
誰もと同じように仕事に打ち込む。
よくある話し。息もつけず。
迫り来る〆切、喩えれば北海道の遥かなる直線道路に目覚まし時計が20m置きに、それも延々とあり、昔のながらのケタタマしいベル、次々に止めなければ、先をみる、等間隔に蒔かれたごま粒のように続く目覚まし、走って、銀色のスイッチを叩いていく。
思い立って、外で寝ることにした。
奥山の斜面にぽっつりある、古い空き民家の庭にある松の木の下で。
長いこと使ってなかったテントを貼って、シュラフをひく。
ヘッドライトで照らしながら、コールマンのバーナーに100均の土鍋で、野菜うどんをつくる。
辺りはまったくの暗闇。
もう春なのに、白い息。
ひとりぼっち。
ライトでおぼろげに光る古民家の窓ガラス、超こえー。
「見ちゃいけない、絶対でる。」
幽霊なんか、信じちゃいないけど、でも、でるよ、ぜったいやばいって。
おもいっきりリアルな恐怖が僕の中にあった。
リアルか、そうじゃないかなんて、想像以上に実質の無いものなんだ。
「僕らは死ぬまで、自分の世界から一歩も出られない…」
マスターキートンの話し。
ときにごま粒のように小さく、そして宇宙よりも広い自分の世界。
星空の下は寒かったけど、すごく良く眠れた。
月曜日, 3月 19, 2007
火曜日, 3月 13, 2007
月曜日, 3月 12, 2007
日曜日, 3月 11, 2007
金曜日, 3月 09, 2007
里山|黒のアーカイブス ar.1

とうとう、何やら僕なりに決心。
"里山フォトグラファー"を自負して1年。
「素人が、なに生意気ゆうとるんや」
自分の声が聞こえる。
でも、写さなければ何も伝わらない。
写したものを公開しなければ、意味が無い。
ということで、このブログで、この郡上の写真を見ていただこうと思う。
僕は黒が好きだ。
前にこのブログで書いたが、黒は闇。
それは五感を澄ませ、自分の心を見えやすくしてくれる。
ほとんどが黒く塗りつぶされた写真。
わずかに見える焦点。
「ってゆうか、なにが写っとるんや?」
そう言われるくらい、でもギリギリな感じ。
そこに想像力の羽を伸ばせる余地が、あるから。
"黒のアーカイブス"
第1庫「美並|梅開示」。
こんな自分勝手な写真に、興味がある方はおつきあいください。
登録:
投稿 (Atom)






