体の中でか、心でか、竜がのたうち回る日が有る。
不安と悲しみ。
吐きそうなくらい。
理由は大したことじゃないけど。
例えば忙しさに追われたり、うまくコトが進まなかったり。
人と、通じなかったり。
理由なんて、どうでもいいけど。
問題は、のたうち回っているやつ。
どうにもならないから、酒。
不安や悲しみは、自分で創り出したもの。
いつも相手や周囲に過剰に期待して、思い込んで、解ってるふりをしている。
いつも通りに。
水曜日, 4月 18, 2007
世界

絶え間のない日々。
誰もと同じように仕事に打ち込む。
よくある話し。息もつけず。
迫り来る〆切、喩えれば北海道の遥かなる直線道路に目覚まし時計が20m置きに、それも延々とあり、昔のながらのケタタマしいベル、次々に止めなければ、先をみる、等間隔に蒔かれたごま粒のように続く目覚まし、走って、銀色のスイッチを叩いていく。
思い立って、外で寝ることにした。
奥山の斜面にぽっつりある、古い空き民家の庭にある松の木の下で。
長いこと使ってなかったテントを貼って、シュラフをひく。
ヘッドライトで照らしながら、コールマンのバーナーに100均の土鍋で、野菜うどんをつくる。
辺りはまったくの暗闇。
もう春なのに、白い息。
ひとりぼっち。
ライトでおぼろげに光る古民家の窓ガラス、超こえー。
「見ちゃいけない、絶対でる。」
幽霊なんか、信じちゃいないけど、でも、でるよ、ぜったいやばいって。
おもいっきりリアルな恐怖が僕の中にあった。
リアルか、そうじゃないかなんて、想像以上に実質の無いものなんだ。
「僕らは死ぬまで、自分の世界から一歩も出られない…」
マスターキートンの話し。
ときにごま粒のように小さく、そして宇宙よりも広い自分の世界。
星空の下は寒かったけど、すごく良く眠れた。
月曜日, 3月 19, 2007
火曜日, 3月 13, 2007
月曜日, 3月 12, 2007
日曜日, 3月 11, 2007
金曜日, 3月 09, 2007
里山|黒のアーカイブス ar.1

とうとう、何やら僕なりに決心。
"里山フォトグラファー"を自負して1年。
「素人が、なに生意気ゆうとるんや」
自分の声が聞こえる。
でも、写さなければ何も伝わらない。
写したものを公開しなければ、意味が無い。
ということで、このブログで、この郡上の写真を見ていただこうと思う。
僕は黒が好きだ。
前にこのブログで書いたが、黒は闇。
それは五感を澄ませ、自分の心を見えやすくしてくれる。
ほとんどが黒く塗りつぶされた写真。
わずかに見える焦点。
「ってゆうか、なにが写っとるんや?」
そう言われるくらい、でもギリギリな感じ。
そこに想像力の羽を伸ばせる余地が、あるから。
"黒のアーカイブス"
第1庫「美並|梅開示」。
こんな自分勝手な写真に、興味がある方はおつきあいください。
水曜日, 3月 07, 2007
火曜日, 3月 06, 2007
純喫茶

朝から寒いなと思っていたら、昼過ぎから雨がみぞれに、みぞれが雪に変わった。
八幡の喫茶店に入ると、しばしおっちゃんらが窓の外を覗いて、
そんな話題。
今日はチラシとWebの企画を考える日。
ノートとペンだけ持って近所の喫茶店へ。
べつに暇だからいくワケでなく、家の仕事部屋で煮詰まると、コーヒー一杯で数時間、入り浸る。
なにやらひとりでワケの判らないものを、ぼろぼろの紙(かつては"無印の雑誌ノート"だった)に書込んで、悲壮な顔をしながら上を向いたり首かしげたり、頭抱えたり。
「そうやなー……でxxxx…」
とかなんとか呟くヒゲづらメガネの若者は、喫茶の中ですこし浮いている。
八幡の街中には、何故か喫茶店がたくさんある。
そして平日昼間にもかかわらず、地元のおいさん達がひっきりなしに出入りする。
「よお」「どうや」
と会話が飛び交う。
そんなBGMを片耳に、コーヒーをちびちび啜って思案に暮れる。
チロル、門、ホープ、こびり処、くつろぎ茶屋、バンビetc...
煮詰まりついでに、『ひたれる喫茶&ホットコーヒー探訪in八幡』、
計画進行中。
月曜日, 3月 05, 2007
畑始動。

今日、スコールのような土砂降り。
車から社屋へのほんの数秒で、服の色が変わるくらい。
「こんな時期にこんな雨なんて」
なんて話しも飛び交うが、一雨ごとの暖かさ。
しばらくぶりの、まとまった雨に大気が浄化されるような気もする。
巷で流行のインフルエンザや風邪ウイルスも、これで少しはおとなしくなるかなあ。
おとつい畑のコト始め。
土壌改良を願って、6畳くらいの小さい僕の畑に、ゴミ袋5つ分の腐葉土を入れ、生ゴミを混ぜて耕す。
こないだ山奥の道路脇から持ってきた腐葉土。
郡上には、あまり使われていない道路がたくさんある。
山越えや堰堤に通じる道で、ぐにゃぐにゃと延びて街灯ひとつないから日が暮れると真っ暗。
そこは山肌を縫って走っているから、道路と斜面の間に落ち葉が積もり、腐葉土と化してたまっていたりする。ちょうど地面がコンクリなので、畑には余計な石や草がほとんどないのだ。
僕は釣りに夢中になって、日暮れ頃に作業へ取りかかった。
次第に辺りは暗闇に染まる。
月もなく、聞こえるのは山鳥かなにかの鳴き声だけだ。
そのまったく人気のない山道で、スコップ片手にゴミ袋を担いだ男。
無精髭だらけの横顔、メガネが光っている。
何かを、掘っている。
そんな火曜サスペンスばりの努力が実って、今年は元気な野菜がたくさんできますように。
金曜日, 3月 02, 2007
ブラウザ

郡上発田舎情報誌『季刊 里山の袋』春号発行!
昨夜(?)朝の6時までかかって書いた里山の袋のHPをご覧あれ。
ホント、ブラウザのCSS表示誤差はしんどい。
みなさんブラウザ(インターネット見るソフト)は何を使ってますか。
InternetExplorer(以下IE)
SafariFirefox
Netscape
Opera
ほとんどのホームページは、ワードの文章みたいにHTMLという言葉で書かれた文章だ。
しかし、同じ文章でもブラウザによって見え方が違ってしまう。
例えばIEとSafariでは文字と文字の幅や、画像隙間が違ってしまう。
ひどい時には、言葉の解釈の違いで、無視されたりする。
「なんのこっちゃ」
ってカンジかもしれないが。
テトリスで同じ形のブロックの幅がそれぞれ微妙に違ったら、困る。
「ちゃんと積んだのに、この縦長ブロック入れたら4段一気に消せるのに」
でも、微妙にブロックに隙間が空いていて消せない。
それどころか、十字キーの左が効かない。
「なんで左が」
「しかもいま?」
そんなカンジ。
うまく文章を組み合わせて、ブラウザのご機嫌とりながら、何度も何度も試行錯誤。
それを業界用語で"バグ"と言う。
そして、一番ムゴいのは、IE。
「みんな言うこと聞いてくれるのに、なんで君だけ、しかもここで?」
Webデザイナーにしかわからないこの苦しみ。
IEのシェアは90%。
でも、僕はFierFoxを使いつづける。
唯一無二の、無言の抵抗。
水曜日, 2月 28, 2007
光

「自らを灯明とし、法を灯明とせよ」
今日友達から教わった言葉。
釈尊の死に際の教え。
僕らの周りはギラギラしている。
大音量のTVCM、原色だらけのチラシ、ビルの大きな看板、電気屋でずっと流れる、歌。
「アナタヲシアワセニシマス、私たちは、あなたを幸せにします。」
だから買って下さい。
僕らはいつも強い光に引き寄せられる。
勝ち組、負け組。
成功、失敗。
金持ち、貧乏。
きれい、きたない。
大事なことは、すべて目の前にあるのに。
資本主義の先導に耳まで漬かって、もうすぐ何も聞こえない。
暗闇に行こう。
自身の灯り、こころがはっきり見えるように、大事なことが聞こえるように。
昼過ぎ、郡上、大和の山中”内ヶ谷”へ向かった。
八幡から車で30分程度だけど、誰もいない、川の音しか聞こえない谷。
エメラルドグリーンの水面に何度も竿をふりながら、思う。
「もう少しあったかくなったら、キャンプに来よ」
たまには自分を照らす、闇に出会いに。
火曜日, 2月 27, 2007
旅

BIG RIVERを観た。
オダギリジョーとパキスタンの男と、アメリカの女が三人で”ワイルドウェスト”をウロウロする映画。
どこもでも続くサバンナ、でっかい岩、砂塵が舞うアメリカの大平原。
僕はあまり旅に出たことがない。
記憶を辿ると、それでも何度か。
屋久島や襟裳岬へバイクで走ったり、
スウェーデンへ研修へ行ったり、
旅のカテゴリーかわからないけど、思い立って白山にひとり登った。
僕にとって旅は、なんだかよくわからない。
旅先でおもしろい出会もあったし、感動的な景色、仲間との思い出もある。
真冬、-20℃のスウェーデン、スティールの手すりに突き刺さるように積もる雪の結晶。
慣れないバイクで大雨の中ひた走り、2回も事故ってたどり着いた屋久島。
干潮時だけできる海に面した温泉に2人の仲間と漬かったこと。
所属する大学サークルのOBってだけで、突撃訪問。
何日も泊めてくれて、毎晩酒に付き合ってくれた。北海道の夏。
白山、山頂付近のキャンプ場で夜半突風と雨。馬鹿でかい雷の音。
テントが水没しないよう祈りながら、寒さに震えながら迎えた朝の晴天。
旅をする時間、最高の自由が手に入る。
時に辛くて痛かったり、時に涙が出るほど嬉しかったりする。
でも、僕はずっと自分のアイデンティティーを探していた。
今、この郡上に根を張りたい。
僕は旅に、出会った人たちに、
「アイデンティティーはこの手でつくるものだ」
そう教わった気がする。
そういえば、バイク売ってからあんまり旅してない。
そろそろ走りたいなあ。
忍

SHINOBI(主演:仲間由紀恵/オダギリジョー)を観た。
ことさら感動したわけじゃないけど、久々映画の世界に入った。
ここんとこ、風邪が治って間もなくまた引いて、自分の体力の無さに驚く。
ちょっと忙しかったから、ずっとパソコンの前にかじりつく生活。
よし、と思って二日間休みにする。
手始めに明日は引きこもって、ひとりで5本のDVD。
どっぷり漬かってやる。
映画はいい。
ストーリーは良い悪いあるけど、役者さんの懸命な姿や、心動かそうとする目がある。
日常で眠っていた、アタマの回路がパチパチと入って、なんか楽しくなる。
「あきらめるな、定めとは俺たちがつくるものだ(オダギリ)。」
楽しくなると、元気がでる。
土曜日, 2月 24, 2007
でも、だけど

中村文昭氏の講演へ行った。
素晴らしい話しだった。
話しの中で、中村氏が大事にしている、4つのコトをことさら言っていた。
1、素直な心と0.2秒以内の返事
2、頼まれ事は、試され事
3、できない理由を言うな
4、今できることを探してまでやれ
たった、4つのことだと言っていた。
これだけだと意味がわからないかもしれないし、僕受け取りなので、氏が伝えたいこととは違うかもしれないけど、簡単に説明させてもらう。
1は、素直な心でなければ、人は簡単に他人の言葉をシャットアウトしてしまう。どんなに相手が意味のあることを言っても、聞く姿勢がなければ無駄。そして、すぐ返事を返すことで、相手に自分の聞く姿勢を伝えることができる。
2、人から頼まれるということは、その人に試されているということ。
3、人は難題(自分が思うだけ)に当たると、すぐにできない理由を並べて、なにもしないうちからあきらめてしまう。
4、今できることを、今からしろ。
いいかげんに聞いたので、大分語弊があるし、氏はもっと面白く実体験を交えて話されたので、僕が書いても伝わるか分からないけど、一応こんな内容だったと思う。
その中で僕が一番引っかかったのは、2の「できない理由を言うな」だった。
以前書いたが、心底街の生活にうんざりして、「ホントの生活」を求めこの田舎に来た。
田舎で学んで、それを基準に新しい日本社会をつくりたいと考えていた。
「たくさんの日本の問題を変えていきたい」って、熱い想いが胸の奥にいつもグツグツしてた。
今も想いは確かだと思っている。
郡上に来て3年、いつしか僕の中のマグマに似た想いは、冷えて固まっていた。
社会に出て、働いて、僕もようやくまともな大人になりつつあるが、
オトナのダメな部分も、知らず知らずのうちに刷り込まれていった。
すぐ人は言う。
「そうだけど、でもさ現実がさ、こういう問題があるからさあ、」
「でもやっぱりね、こうだとまずいからなあ、」
新しいことなんか、大変じゃん。
変えていくのは、危ないさ。
「でも、だけど」
本気で社会を変えたいなら、自分を変えたいなら、
そんなくだらない台詞は、もういらない。
僕の奥から、熱いものが再び動き出す音がする。
金曜日, 2月 23, 2007
壁

ようやく大きな仕事が片付いて、片付いたら立ちすくんでいる。
やらなきゃいけない仕事はあるけど、〆切も先だし。
そう思うと、とっとと片付ければいいのに、なんかだらだらやってる。
デザインの仕事に限らずだけど、だらだらやってうまくいくコトなんてない。
短い時間でも、深く集中し、気力を絞ったほうがいい。
でも、動けない。
心が、動かない。
人は自分がステップアップしてると実感できれば、どんどん気力が沸いて来る。
自分の成長が楽しくてしょうがなくなって、次へつぎへと前に進める。
でも、今の僕はそうじゃない。
ある程度成長して、これからホントのオリジナルティや実力が問われている。
多少頑張ったところで、評価なんかされないし、自分でも評価したくない。
浅ましくも、人に認められたいし、評価されたがってるのだろう。
心の声が聞こえる、
「こんなに頑張ってるのに。」
ってさ。
ばかばかしい。
ビジョンが、揺らいでいる。
水曜日, 2月 21, 2007
兆し

僕のツレが、ガタガタに舗装された道を見て、
「これは地方切り捨て、東京依存の地方政策の終わりやな。その兆しや。」
と話していた。
ようするに、水道管かなにかの埋め立てのあと、道路をきれいに舗装する金が出ず、ガタガタ道のままになっている状況は、これから地方交付金などの東京からの支援がなくなっていくだろう、という話し。
僕らは未来を予知することなんてできない。
でも、変化を予測することができる。
「何事にも兆しがある」
とツレは言う。
その通りだ。
でも、兆しは微かで、僕らは簡単に見落としてしまう。
地球温暖化、環境汚染、農村の崩壊、地方の衰退。
私利私欲を願って生きていたありかたに、もう日本が許容できない。
変わっていく世の中だから、正しい方向へ変えていきたい。
見逃してはいけない。
未来を変えていく為に。
火曜日, 2月 20, 2007
願い

たったひとりの為に想いをとげること。
同じものが好きなひとは10万人はいること。
100万回願えば、願いは叶うということ。
SWITCHの前の編集長、新井さんの言葉。(今はCoyote編集長)
はじめは小さなタブロイド紙だった、SWITCHをつづけている時に新井さんが信じた言葉らしい。
僕が、信じる言葉のひとつ。
雑誌を継続するのは、並大抵のことではない。
「ホントにこれは、ひとに受け入れられるのか?おもしろいのか? …もしかして、だれも興味はないんじゃないか?意味が、ないんじゃないか。」
どんなに伝えたいと思っても、自信は揺らぐ。
表現するってことは、裸の自分を公衆にさらすことだ。
今僕は、郡上の田舎情報誌、里山の袋の春号、巻頭ページを書いている。
たったひとりの為に、想いを遂げなければ誰にも伝わらない。
たったひとりの為に、それはラブレターみたいに、とても難しい。
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