釣りをしているときの時間の流れは速い。
とい言うよりも時間という概念がない。
思いきって3連休をとった先週末。
ずっと釣りに行こう、とことん釣りしよう、ってマジで決めていた初日は、雷雨。
それでも行ったけど、大雨で刻々と増水する水量(福島では釣人の車水没)。
さらに、どこかの著名人の結婚記者会見ごとき、断続的な閃光。
近代の釣竿はハイテクで、長く軽くねばりがあるカーボン(炭素繊維)素材だから、伝導効率が超よい。
だから、雷の日は釣り厳禁だ。
次の日も降り続く雨にいら立つ。
しかし最終日。
予報は曇り。
遠足前の小学生みたいにドキドキして、前の晩2時に寝たのに朝5時前には目がさめた。
耳を澄ます。
雨、やんでる。
速攻着替え、竿やビクやその他もろもろの機材はとっくに準備してある車に飛び込んで。
釣り場への道の途中でコンビニへ寄る。
こんな早朝だというのに、フィッシングベストを着たおいさん達(60代)が、朝のコンビニにウロウロしていた。
そっか、今日は鮎釣りの解禁日。
僕は渓流釣りしかできないけど(今の所)。
熱い缶コーヒーとチリドッグをレジに出しながら、おいさん達を横目で見る。
渓流釣りや鮎釣りをしない人にはちょっとわからないだろうけど、
おいさん達の、無表情に朝メシを選ぶ横顔にひしひしと伝わる『熱さ』。
なんて言ったらいいだろうか、このカンジ。
べつに熱く朝ご飯を選んでるわけじゃない。
渓流釣り(アマゴを狙う釣り)や鮎釣りには禁漁期間(釣ってはいけない期間)がある。
それが終わった日(解禁日)は、ずっと、何ヶ月も前から釣りてーつりてーって想いを馳せていた、その想いが果たせる日。
だから、おいさんたちの言葉や、行動や表情になくっても、なんかひしひしと伝わってくる。
それは目に見えることじゃない。
いい大人がさ、目を輝かせて、朝真っ暗なうちから起きて真剣に遊びにいく。
もしかしたら眠れなかったかもしれない。
ずっとこの日を楽しみにしてたんだ。
自分と同じように。
僕はそんな、釣りってもんが好きだ。
そんな人達が集まる、この川が好きだ。
そんな、この暁が好きだ。
霧で霞む釣り場について、竿を伸ばし、準備してあった仕掛けを結ぶ。
次にえさ取り。
アマゴは川の石の裏に住んでいる「川虫」がダントツ釣れるので、必ず、ほんとは前日なんかにその虫を獲っておかねばならない。
エサをつけ、仕掛けを振込み、何度か仕掛けを流したあとに、またエサを付け替えて振り込む(川虫はすぐ死んでしまい、死んだ虫を魚は食べない)。
何10回も、何100回も。
釣り場を点々と移動する。
ぽつり、ぽつりと魚が釣れる。
アマゴという魚はとても美しい魚体をしている。
とくに天然のアマゴは純銀に濃紺パーマーク(斑点)が、展示用のサファイヤより遥かに深い。
すこし経って、なんか腰がいてーなっと思う。
ぽっけにしまっていた携帯を出して、ついでにタバコを噛みながら時計を見る。
時刻は午後4時を過ぎていた。
そろそろ昼かなーって思ってた。
10時間近くも、飲まず食わず、休み無く。
釣りっていうもんは、時間の外にあるようだ。
土曜日, 6月 02, 2007
月曜日, 5月 14, 2007
ことば

『狩人と犬、最後の旅』という映画。
友だちにススメられてDVDで観た。
すごくよかった。
ストーリーは、夜の雪のようにしんしんと続く。
舞台はロッキー山脈。
太平洋上の小舟のように、雄大な自然の中でポツンと生きる猟師の話し。
真冬マイナス40℃の世界へ、犬ゾリに乗って猟や漁にでる暮らしの息づかいが、リアルに聞こえてくる作品だった。
恋愛やサスペンス、友情物語とか正義とか。
一切なくて、「きっと売れないよね、この映画」そう思われる、いい映画。
ウツクシイシゼン。
夜空を覆うオーロラとか、真っ白な地平線に沈む夕日はきれいだけど。
そのなかで髭は凍ってるし、視界ゼロの吹雪で死にかけるし、湖の氷が割れて落ちるし。
主役のおっさんは、いつも厳しさに吹かれていた。
おっさんの台詞は、人と話すより(犬ゾリの)犬との会話のほうが、まったく多かった。
山小屋(手づくりログハウス)で二人暮らしの奥さん(ネイティブアメリカン)。
登場するたび台詞は「いってらっしゃい」と「気をつけて」。
だからこそ、なにか、が伝わってくる(気がする)。
僕らは伝え合うことが大事だ、言葉にすることで救われている。
けれど、ウサギやカリブーだって、木や草だって、伝え合っている(気がする)。
足音から、匂いから、目元から、息づかいから、そこにおるってことから。
だからいつもみたいに、そんなにたくさんの言葉は、必要ないのかもしれない。
水曜日, 4月 25, 2007
水曜日, 4月 18, 2007
世界

絶え間のない日々。
誰もと同じように仕事に打ち込む。
よくある話し。息もつけず。
迫り来る〆切、喩えれば北海道の遥かなる直線道路に目覚まし時計が20m置きに、それも延々とあり、昔のながらのケタタマしいベル、次々に止めなければ、先をみる、等間隔に蒔かれたごま粒のように続く目覚まし、走って、銀色のスイッチを叩いていく。
思い立って、外で寝ることにした。
奥山の斜面にぽっつりある、古い空き民家の庭にある松の木の下で。
長いこと使ってなかったテントを貼って、シュラフをひく。
ヘッドライトで照らしながら、コールマンのバーナーに100均の土鍋で、野菜うどんをつくる。
辺りはまったくの暗闇。
もう春なのに、白い息。
ひとりぼっち。
ライトでおぼろげに光る古民家の窓ガラス、超こえー。
「見ちゃいけない、絶対でる。」
幽霊なんか、信じちゃいないけど、でも、でるよ、ぜったいやばいって。
おもいっきりリアルな恐怖が僕の中にあった。
リアルか、そうじゃないかなんて、想像以上に実質の無いものなんだ。
「僕らは死ぬまで、自分の世界から一歩も出られない…」
マスターキートンの話し。
ときにごま粒のように小さく、そして宇宙よりも広い自分の世界。
星空の下は寒かったけど、すごく良く眠れた。
月曜日, 3月 19, 2007
火曜日, 3月 13, 2007
月曜日, 3月 12, 2007
日曜日, 3月 11, 2007
金曜日, 3月 09, 2007
里山|黒のアーカイブス ar.1

とうとう、何やら僕なりに決心。
"里山フォトグラファー"を自負して1年。
「素人が、なに生意気ゆうとるんや」
自分の声が聞こえる。
でも、写さなければ何も伝わらない。
写したものを公開しなければ、意味が無い。
ということで、このブログで、この郡上の写真を見ていただこうと思う。
僕は黒が好きだ。
前にこのブログで書いたが、黒は闇。
それは五感を澄ませ、自分の心を見えやすくしてくれる。
ほとんどが黒く塗りつぶされた写真。
わずかに見える焦点。
「ってゆうか、なにが写っとるんや?」
そう言われるくらい、でもギリギリな感じ。
そこに想像力の羽を伸ばせる余地が、あるから。
"黒のアーカイブス"
第1庫「美並|梅開示」。
こんな自分勝手な写真に、興味がある方はおつきあいください。
水曜日, 3月 07, 2007
火曜日, 3月 06, 2007
純喫茶

朝から寒いなと思っていたら、昼過ぎから雨がみぞれに、みぞれが雪に変わった。
八幡の喫茶店に入ると、しばしおっちゃんらが窓の外を覗いて、
そんな話題。
今日はチラシとWebの企画を考える日。
ノートとペンだけ持って近所の喫茶店へ。
べつに暇だからいくワケでなく、家の仕事部屋で煮詰まると、コーヒー一杯で数時間、入り浸る。
なにやらひとりでワケの判らないものを、ぼろぼろの紙(かつては"無印の雑誌ノート"だった)に書込んで、悲壮な顔をしながら上を向いたり首かしげたり、頭抱えたり。
「そうやなー……でxxxx…」
とかなんとか呟くヒゲづらメガネの若者は、喫茶の中ですこし浮いている。
八幡の街中には、何故か喫茶店がたくさんある。
そして平日昼間にもかかわらず、地元のおいさん達がひっきりなしに出入りする。
「よお」「どうや」
と会話が飛び交う。
そんなBGMを片耳に、コーヒーをちびちび啜って思案に暮れる。
チロル、門、ホープ、こびり処、くつろぎ茶屋、バンビetc...
煮詰まりついでに、『ひたれる喫茶&ホットコーヒー探訪in八幡』、
計画進行中。
月曜日, 3月 05, 2007
畑始動。

今日、スコールのような土砂降り。
車から社屋へのほんの数秒で、服の色が変わるくらい。
「こんな時期にこんな雨なんて」
なんて話しも飛び交うが、一雨ごとの暖かさ。
しばらくぶりの、まとまった雨に大気が浄化されるような気もする。
巷で流行のインフルエンザや風邪ウイルスも、これで少しはおとなしくなるかなあ。
おとつい畑のコト始め。
土壌改良を願って、6畳くらいの小さい僕の畑に、ゴミ袋5つ分の腐葉土を入れ、生ゴミを混ぜて耕す。
こないだ山奥の道路脇から持ってきた腐葉土。
郡上には、あまり使われていない道路がたくさんある。
山越えや堰堤に通じる道で、ぐにゃぐにゃと延びて街灯ひとつないから日が暮れると真っ暗。
そこは山肌を縫って走っているから、道路と斜面の間に落ち葉が積もり、腐葉土と化してたまっていたりする。ちょうど地面がコンクリなので、畑には余計な石や草がほとんどないのだ。
僕は釣りに夢中になって、日暮れ頃に作業へ取りかかった。
次第に辺りは暗闇に染まる。
月もなく、聞こえるのは山鳥かなにかの鳴き声だけだ。
そのまったく人気のない山道で、スコップ片手にゴミ袋を担いだ男。
無精髭だらけの横顔、メガネが光っている。
何かを、掘っている。
そんな火曜サスペンスばりの努力が実って、今年は元気な野菜がたくさんできますように。
金曜日, 3月 02, 2007
ブラウザ

郡上発田舎情報誌『季刊 里山の袋』春号発行!
昨夜(?)朝の6時までかかって書いた里山の袋のHPをご覧あれ。
ホント、ブラウザのCSS表示誤差はしんどい。
みなさんブラウザ(インターネット見るソフト)は何を使ってますか。
InternetExplorer(以下IE)
SafariFirefox
Netscape
Opera
ほとんどのホームページは、ワードの文章みたいにHTMLという言葉で書かれた文章だ。
しかし、同じ文章でもブラウザによって見え方が違ってしまう。
例えばIEとSafariでは文字と文字の幅や、画像隙間が違ってしまう。
ひどい時には、言葉の解釈の違いで、無視されたりする。
「なんのこっちゃ」
ってカンジかもしれないが。
テトリスで同じ形のブロックの幅がそれぞれ微妙に違ったら、困る。
「ちゃんと積んだのに、この縦長ブロック入れたら4段一気に消せるのに」
でも、微妙にブロックに隙間が空いていて消せない。
それどころか、十字キーの左が効かない。
「なんで左が」
「しかもいま?」
そんなカンジ。
うまく文章を組み合わせて、ブラウザのご機嫌とりながら、何度も何度も試行錯誤。
それを業界用語で"バグ"と言う。
そして、一番ムゴいのは、IE。
「みんな言うこと聞いてくれるのに、なんで君だけ、しかもここで?」
Webデザイナーにしかわからないこの苦しみ。
IEのシェアは90%。
でも、僕はFierFoxを使いつづける。
唯一無二の、無言の抵抗。
水曜日, 2月 28, 2007
光

「自らを灯明とし、法を灯明とせよ」
今日友達から教わった言葉。
釈尊の死に際の教え。
僕らの周りはギラギラしている。
大音量のTVCM、原色だらけのチラシ、ビルの大きな看板、電気屋でずっと流れる、歌。
「アナタヲシアワセニシマス、私たちは、あなたを幸せにします。」
だから買って下さい。
僕らはいつも強い光に引き寄せられる。
勝ち組、負け組。
成功、失敗。
金持ち、貧乏。
きれい、きたない。
大事なことは、すべて目の前にあるのに。
資本主義の先導に耳まで漬かって、もうすぐ何も聞こえない。
暗闇に行こう。
自身の灯り、こころがはっきり見えるように、大事なことが聞こえるように。
昼過ぎ、郡上、大和の山中”内ヶ谷”へ向かった。
八幡から車で30分程度だけど、誰もいない、川の音しか聞こえない谷。
エメラルドグリーンの水面に何度も竿をふりながら、思う。
「もう少しあったかくなったら、キャンプに来よ」
たまには自分を照らす、闇に出会いに。
火曜日, 2月 27, 2007
旅

BIG RIVERを観た。
オダギリジョーとパキスタンの男と、アメリカの女が三人で”ワイルドウェスト”をウロウロする映画。
どこもでも続くサバンナ、でっかい岩、砂塵が舞うアメリカの大平原。
僕はあまり旅に出たことがない。
記憶を辿ると、それでも何度か。
屋久島や襟裳岬へバイクで走ったり、
スウェーデンへ研修へ行ったり、
旅のカテゴリーかわからないけど、思い立って白山にひとり登った。
僕にとって旅は、なんだかよくわからない。
旅先でおもしろい出会もあったし、感動的な景色、仲間との思い出もある。
真冬、-20℃のスウェーデン、スティールの手すりに突き刺さるように積もる雪の結晶。
慣れないバイクで大雨の中ひた走り、2回も事故ってたどり着いた屋久島。
干潮時だけできる海に面した温泉に2人の仲間と漬かったこと。
所属する大学サークルのOBってだけで、突撃訪問。
何日も泊めてくれて、毎晩酒に付き合ってくれた。北海道の夏。
白山、山頂付近のキャンプ場で夜半突風と雨。馬鹿でかい雷の音。
テントが水没しないよう祈りながら、寒さに震えながら迎えた朝の晴天。
旅をする時間、最高の自由が手に入る。
時に辛くて痛かったり、時に涙が出るほど嬉しかったりする。
でも、僕はずっと自分のアイデンティティーを探していた。
今、この郡上に根を張りたい。
僕は旅に、出会った人たちに、
「アイデンティティーはこの手でつくるものだ」
そう教わった気がする。
そういえば、バイク売ってからあんまり旅してない。
そろそろ走りたいなあ。
忍

SHINOBI(主演:仲間由紀恵/オダギリジョー)を観た。
ことさら感動したわけじゃないけど、久々映画の世界に入った。
ここんとこ、風邪が治って間もなくまた引いて、自分の体力の無さに驚く。
ちょっと忙しかったから、ずっとパソコンの前にかじりつく生活。
よし、と思って二日間休みにする。
手始めに明日は引きこもって、ひとりで5本のDVD。
どっぷり漬かってやる。
映画はいい。
ストーリーは良い悪いあるけど、役者さんの懸命な姿や、心動かそうとする目がある。
日常で眠っていた、アタマの回路がパチパチと入って、なんか楽しくなる。
「あきらめるな、定めとは俺たちがつくるものだ(オダギリ)。」
楽しくなると、元気がでる。
土曜日, 2月 24, 2007
でも、だけど

中村文昭氏の講演へ行った。
素晴らしい話しだった。
話しの中で、中村氏が大事にしている、4つのコトをことさら言っていた。
1、素直な心と0.2秒以内の返事
2、頼まれ事は、試され事
3、できない理由を言うな
4、今できることを探してまでやれ
たった、4つのことだと言っていた。
これだけだと意味がわからないかもしれないし、僕受け取りなので、氏が伝えたいこととは違うかもしれないけど、簡単に説明させてもらう。
1は、素直な心でなければ、人は簡単に他人の言葉をシャットアウトしてしまう。どんなに相手が意味のあることを言っても、聞く姿勢がなければ無駄。そして、すぐ返事を返すことで、相手に自分の聞く姿勢を伝えることができる。
2、人から頼まれるということは、その人に試されているということ。
3、人は難題(自分が思うだけ)に当たると、すぐにできない理由を並べて、なにもしないうちからあきらめてしまう。
4、今できることを、今からしろ。
いいかげんに聞いたので、大分語弊があるし、氏はもっと面白く実体験を交えて話されたので、僕が書いても伝わるか分からないけど、一応こんな内容だったと思う。
その中で僕が一番引っかかったのは、2の「できない理由を言うな」だった。
以前書いたが、心底街の生活にうんざりして、「ホントの生活」を求めこの田舎に来た。
田舎で学んで、それを基準に新しい日本社会をつくりたいと考えていた。
「たくさんの日本の問題を変えていきたい」って、熱い想いが胸の奥にいつもグツグツしてた。
今も想いは確かだと思っている。
郡上に来て3年、いつしか僕の中のマグマに似た想いは、冷えて固まっていた。
社会に出て、働いて、僕もようやくまともな大人になりつつあるが、
オトナのダメな部分も、知らず知らずのうちに刷り込まれていった。
すぐ人は言う。
「そうだけど、でもさ現実がさ、こういう問題があるからさあ、」
「でもやっぱりね、こうだとまずいからなあ、」
新しいことなんか、大変じゃん。
変えていくのは、危ないさ。
「でも、だけど」
本気で社会を変えたいなら、自分を変えたいなら、
そんなくだらない台詞は、もういらない。
僕の奥から、熱いものが再び動き出す音がする。
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